第3章 トリスタン・ツァラについて 3-1 ツァラの人生



 トリスタン・ツァラは、サミュエル・ローゼンストックとして、1896年4月16日、ルーマニア北部で生まれた。「ローゼンストック家は裕福なユダヤ人の家柄で」(塚原史『言葉のアヴァンギャルド』1994年、講談社現代新書、p.88)、「家庭の事情で大学進学を断念し、皮革工場の徒弟として」(前掲『時代からの逃走』p.284)働き始め、労働の意味を味わったバルとは対照的に、ツァラは速やかにブカレスト大学に入学した。1914年のことであり、ツァラは当時18歳。彼は、翌年、「本人の意向と、おそらく戦争の先行きに不安を抱いた父親の判断で、中立都市チューリヒに「留学」することになるのである」(塚原『言葉のアヴァンギャルド』p.90)。彼はチューリヒにて、ルーマニア政府から徴兵猶予通知を受け取り、第1次大戦において戦場に赴くことは無かった。