中島岳志 / 中村屋のボース (白水社)

中村屋のボース―インド独立運動と近代日本のアジア主義


 歴史好きにはチャンドラ・ボースは比較的有名だが、ラース・ビハリ・ボースの名前は知るひとぞ知る、というところかもしれない。
 大東亜戦争中に日本のナショナリストと交流し、日本人の妻と結婚し、日本に帰化したインド独立運動家、ラース・ビハリ・ボースの数奇な生涯を描く力作。ヒンドゥー教に基づいた精神を基盤に、暴力によって宗主国英国からのインド独立を目指したインド人が、時代の波に翻弄され、志半ばで斃れる。特に、晩年、糖尿病と結核に冒されるボースについて記すあたり、筆で抑えきれない情熱が滲み出ており、たいへん読ませる。また、あとがきのロマンティックなところに心打たれた。論考としての魅力と、読み物としての魅力を併せもっているところが、すてき。
 蛇足。ボースが、日の丸の鉢巻をして、ハーケンクロイツを掲げた演壇で演説している風景のスナップ写真には衝撃を受けた。そこから感じるのは強いエキゾティズムである。戦前〜戦中の日本人が持っていた「世界」観がいったいどんなものだったのだろうかと興味を覚えた。