映画美学校/音楽美学講座/特別講義:日本レコード産業の構造について@京橋・映画美学校
講師:烏賀陽(うがや)弘道、岸野雄一
- 烏賀陽氏略歴...17年間朝日新聞社勤務。雑誌『AERA』編集部で10年間ポップス欄担当。現在フリージャーナリスト。
- 本日のテーマ:日本の音楽産業(日本レコード協会加盟のメイジャーレコード会社)の構造について(主に経済学的アプローチによる構造分析・『Jポップとは何か―巨大化する音楽産業 (岩波新書)』岩波新書を元にして)
- LPからCDへ
- 1982.10 CD(コンパクトディスク)発売。ソニーからCDプレーヤー「CDP-101」発売(定価:16万8千円)、今の50万円くらいか。高級オーディオ装置として世に出る
- 1984 ソニーからCDプレーヤー2号機「D-50」発売(定価:5万9800円)。1台製造するごとに5万円の赤字だが、当時の盛田会長の英断で発売決定。当初は赤字だったが、のちに黒字に転ずる
- 1986〜1988 CD生産高がLP生産高を追い越す
- 1988 「J-POP」という言葉が生まれる。J-WAVE内で「J-POP CLASSICS」という番組始まる。当時日本のレコード市場は3000億円(生産高)規模。
- 1998 日本のレコード生産額が戦後最高記録:6075億円を記録
- 「J-POP」というマーケティング用語
- J-WAVEは米LAのFM局からライセンス取得し開業したFM局で、開局当初は洋楽しかかけなかった。
- 同局内では「邦楽」(日本の流行歌=歌謡曲、ポップス)は「洋楽」に比べてダサいという価値観が支配的であり、カッコイイ=洗練された「邦楽」(アメリカンポップスからの影響が顕著な山下達郎、大滝詠一、松任谷由実など)をかけるには新しいネーミングが必要だった。
- 当時、J-WAVEではチャゲ&飛鳥、長渕剛などの歌謡曲臭の強いものは選曲から外され、リクエストはがきが千葉や江東区から来た場合は、住所を読み上げないほどブランドイメージを重視した。
- 「J-POP」はJ-WAVEディレクターとメジャーレコード会社の宣伝担当者6名により考案された、マーケティングの言葉。ジャンル名に弱い日本人の音楽ファンを狙った。パンクや、グランジといった音楽ムーブメント名ではない。
- CDプレイヤの急激な普及
- 1984〜2004年の間で1億1990万台が売れた
- 1988〜1989年ころには店頭実勢価格が1万円を切る
- レコードプレイヤ(LP,EPの再生装置)は42年間でわずか2341万台
- 普及スピードはレコードプレイヤの11倍、売り上げのべ台数は5倍
- CDプレイヤ(ハードウェア)の着実な普及により、CD売上を確かにするためのインフラが完成した
- 音楽リスナーの変化
- 1990年代のCDバブルとテレビタイアップ
- 1991年以降のオリコンベスト50位を調べるとそのうち45曲以上がタイアップ曲(CMソング、ドラマ主題歌)
- 1991年:小田和正「ラブ・ストーリーは突然に」(ドラマ「東京ラブストーリー」主題歌、230万枚)、チャゲ&飛鳥「SAY YES」(ドラマ「101回目のプロポーズ」主題歌)などのヒットが嚆矢となる
- CMクライアント企業と音楽業界の仲立ち(キャスティング業務)を行う広告代理店(電通など)の台頭に伴い、次第に人材、予算、情報を共有化するしくみができあがり、産業複合体になっていく
- 1998年 J-POPの失速
- 楽曲の画一化...コマーシャルタイアップに売上げが依存し、企業イメージを損なう楽曲の回避が常態化する
- ソウル・フラワー・ユニオンの「復興節」(阪神大震災のはげましソング)がソニーによって没にされる(インディーズでリリース)
- 毒にも薬にもならない音楽の多産化
- コマーシャル商品の発売サイクルの短期化に伴い、楽曲のヒット期間も短期化する
- インターネット人口の急増に伴い、消費者へのマスメディアとしてのテレビの影響力が低下、テレビタイアップの効力も低下する(テレビ依存が仇となった)
- J-POPの海外需要
- J-POPの99.5パーセントは国内消費、0.5パーセントのみ輸出されている(ほとんどアニメソング)
- 米国のポップスは五分の一が国外で消費、英国のポップスは三分の一が国外で消費→国際競争力がある
- 日本は世界で米国に次ぐ2番目に大きなレコード市場。国内だけで儲かるので、海外進出する動機が無い
- 2004年の日本のレコード生産高を元にすると、東アジア圏の市場の大きさは下記のとおり
- 韓国:日本の20分の1 (ブロードバンド環境が日本より進んでおり、音楽のデータ販売が盛ん)
- 中国:日本の50分の1(富が都市部に偏在しており、富裕層しかCDを買わない/共産党による検閲の問題)
- 台湾:日本の32分の1
- 香港:日本の50分の1(総人口が埼玉県並で2万枚売れれば日本のミリオンセラーに匹敵する)
- 上記の理由から、日本のレコード会社が東アジアの市場に進出するのは宣伝効果を狙ってのこと。実利に乏しいので、本気で金儲けする動機は見当たらない
- CD不況だが、音楽業界は好況
- 著作権収入の上昇...1998年の985億円→2005年の1136億円(JASRAC調べ)
- 日本国内のインタラクティブ配信(音楽のデータ販売)上昇...ほとんどを携帯電話の着信メロディ/うたが占める。
- 2005年の著作権収入の8.1パーセント中7パーセントが携帯電話用の音楽配信。iTMS型のネットストア販売はわずか1パーセント。
- コンサート売上...2000年の1243億円→2004年の1364億円
- CDは売れていない→レコード業界(レコード会社)は困るが、他の音楽業界は好況と言っていい
- 今後の展望...1877年のエジソン蓄音機発明以来最も大きな音楽産業の過渡期(ディスクからデータへ)にあたり、CD売上は下がり続けることが見込まれる。インタラクティブ配信やDVD販売の先行きは不透明
- カラオケとJ-POP
- 音楽とジャーナリズム
- 『Jポップとは何か―巨大化する音楽産業 (岩波新書)』執筆の動機...日本のポップス産業構造について書かれた物がなかったから、自分で書いた
- 10年間で売上げを倍増した大成功した産業である日本のレコード産業について誰も光を当てていなかった
- 米国では音楽ジャーナリズムの発達があるので、リスナーの耳も肥えている傾向がある。日本の消費者(音楽リスナー)のリテラシーを高める必要があると思った
- 日本の音楽ジャーナリズムはゼロに等しい。印象批評がほとんどであり、読むに値する記事が少ない。当事者から話を聞くスタイルが無いに等しい。レコードの音にしか興味が無いように思える
- J-POPはあくまで観察対象であり、ジャーナリズムの対象。好きな音楽やミュージシャンはもちろんあるが、J-POPそのものに対する愛着は無い→数字を見つめることにつながった
- ジャーナリズムにおいては記者の趣味や嗜好性が見えないことが、記事の「信憑性」を高める
- 民事訴訟について
- オリコン裁判について
- 記名性と匿名性について
- ネットの匿名性がシステムの透明性を加速したが、匿名記事は引用できないし、取材できない
- 記名性はプロとして必要なこと
- 本来の「言論」は「反論」と「検証」ができないといけない→ハンドルだと「言論」扱いできない
- 「議論は匿名でできる」というテーゼ←プロバイダ法の成立などで、ネットが完全な匿名言論空間でないことが自明になりつつある
- 責任の取れない発言には価値がない/訴えられるのも仕事のうち
- これからは個人ブログが狙われる→日本の法曹人口の増加は確実。法曹界では名誉毀損訴訟がおいしいビジネスであるという認識が広まりつつある(訴えるのに費用がほとんどかからないのも魅力的・請求額は適当に決められる)ネットの普及で明らかになった個人の発言力を叩いておけ、という政府の思惑もありそうだ
- マスメディアのパワーシフトが確実に進行している。特に紙メディアの衰退が顕著。
- オリコンとJ-POPの問題
- 1968年以来、日本のヒットチャートおよび店頭調査はオリコンが独占していたが、1994年サウンドスキャン社の参入により、オリコンのデータを比較検討できるようになった
- オリコンの公表している数字は
出荷数(実売とイコールでない)→出荷数と実売との掛け合わせによる独自の集計を行っており、その部分が不透明 - サウンドスキャンの公表している数字は実売数(POSデータを元にしているので、レジを通過した商品でないとカウントされない)
- 返品(可能)枠...レコード会社ごとに決まっている
- オリコン、レコード会社、店舗の三位一体でチャート操作は可能
- 調査方法の明示は統計学の基礎...データ信頼性の担保ができない
- オリコンは店頭調査の対象店舗を公開しているが、上記の調査方法の明示がなければ、調査対象を恣意的に変更することも可能
- インターネット時代の問題
- 誰もがシステム(企業、官庁etc)にその透明性を開示していく要求が行うことができるようになった
- 誰もがマスメディアを手にしているといってもよい環境では、思ってもいないのに生じうる被害、デメリットがある。それにたいするアナウンスメントや教育が行われておらず、ユーザにリテラシーが無い
- 訴えられないための、教育、啓蒙が必要
- 発言する/発信することに対するリスクを負う必要がある
- 実証する為に裏を取る必要