デイヴィッド・ボウイ死す



先日、ピエール・ブーレーズが逝去したニュースにも驚いたのだが、彼ははっきり言って大往生であって、そんなに悲しい死ではないように思った。

きょう夕方アルバイトが終わるころ、ツイッターを見たら、デイヴィッド・ボウイが18か月のがんとの闘病の末69歳で亡くなったと英語でリツイートされていた。それを見て、記事の出元を辿ったら、デイヴィッド・ボウイのオフィシャルツイッターだったので、あ、亡くなったんだと思った。
彼の新譜のBlackstarはぼくの周囲では非常に評判が良く、バンドに名うてのジャズメンを起用していると聞いていたので、ぼくもそろそろGooglePlayMusicで聴いてみようかなと思っていた矢先、彼の訃報が飛び込んできたのである。

ぼくは基本的に人間は死んだら終わりだと思っているので、死者の冥福は祈らない主義である。冥福を祈る人は、あの世を信じているのだと思っている。その代り、その死んだ彼が音楽家であれば遺した作品を聴くように努めている。それが、自分にとっては優れた表現者の死を悼む作法なのだ。
とかまあそんなことを思いつつ、とりあえずBlackstarを聴き、それからHeroesを聴き(かつてMMだかレココレにこのアルバムはエレポップだと書かれていたが、どこがエレポップなのだ!!)、Ziggy Stardustを聴いた。そこでちょっと彼の音楽に詰まっている生命エネルギーのようなものに、ぼくは疲れてしまった。

昨年の9月から使い始めたGooglePlayMusicにもボウイの作品はけっこう揃っているので、今後も折を見て聴いてみたいと思う。そういえば、ブーレーズについてもぼくはよく知らなくて、彼の死をきっかけにやはりGooglePlayMusicでいろいろ聴いてみたのだが、とても偉大な作曲家だったのだと初めて知ったのだった。
13歳くらいから自覚的に音楽を聴くようになったので、ことしで23年目になるのだけど、まだ聴いたことのない音楽は山の様にそびえていて、その頂上はとても見えるようなものではない。
というわけで、一生勉強なのだな、楽しい、勉強なのだなと感じている次第である。