山上たつひこ「光る風」(朝日ソノラマ・サンコミックス・

全3巻)読了。


山上たつひこは主に「がきデカ」「喜劇新思想体系」等の
シュールで破壊的なギャグ作品で知られるが、個人的な印象としては「こちら
葛飾区亀有公園前派出所」「Mr.Clice」等の著作で知られる秋本治がデビュー
当時、氏のペンネームをもじって山止たつひこ(笑)を名乗っていたことしか
知らない。近年山上はマンガ家としての活動はしておらず、小説家に転向して
いる。氏のシリアス路線の作品を読むのは実に初めてだったのだが、これが
読ませるのだ!かなりハードな社会派SF。社会派といいつつも、教訓臭いという
わけではなく、扱っているテーマが連載当時(1970年頃)の近未来、日本が再
軍備化され、極端に言えば、軍国主義政治に戻りつつある世界で、戦後すぐに
とある小さな村で起こった原因不明の畸形の謎を探る少年たちの挫折を描く。


冒頭部の描写は即、永井豪デビルマン」での乱痴気騒ぎを想起させるし、劇中
には乱歩の「芋虫」の引用が見られるがそれはどうでもいいとして、「光る風」
というタイトルではてな、と思ったのだが、まあこのタイトルからして「原爆」か
「水爆」か、という感じがする。昔小学校の図書館で恐いもの見たさで読んだ
中沢啓二「はだしのゲン」を思い出したりもした。読み進めると、ベトナム戦争
バックにした近未来ものなのだ。入魂な戦争ものマンガであれば、前述した秋本の
山止時代の名作「平和への銃弾」を思い出すが、それはかなりドキュメンタリー
タッチで短篇だし、いささか趣を異にする。大雑把に言うと、かつておこった集団
畸形の原因は、戦後すぐに政府によって行われていたなんらかの実験によるもの
らしい(はっきりとは分からないが、ここらへんは当時の公害問題や、戦中に遡って
関東軍731部隊の話などに着想を得たのだろうか)。そしてその事件の真相は、作中の
右傾化した日本ではひたかくしにされているのだ。単行本の2巻目で出てくる、畸形の
堀田や、主人公が拉致され強制労働に従事させられる病院等、伏線も多く、当初の
構想の大きさを物語っているのだが、この作品はわずか3巻であっけなく幕を閉じる。


連載当時の社会状況を寡聞にして知らないのだが、この作品はどうやら打ちきられた
らしい。政治的圧力が理由ともいわれているが、そのような節も感じられなくはない。
結末はいやに曖昧なようにも感じられる。ひょっとすると作者が風呂敷を広げすぎて
畳みきれなかったのかもしれないし、実際に右翼団体或いは左翼団体等からの抗議、
脅迫があったのかもしれない。読者の人気が振るわなかったという理由も考えられる。
まあそのような事情を差し置いて、この骨太なストーリーは近年あまり見ないものだし、
一読する価値のある作品の様に思う(現在はちくま文庫で上下巻で入手できる様だ)。


ただ、この作品が打ちきられたことにショックを受けて、山上が「新喜劇思想体系」や
がきデカ」等のアナ―キーなギャグ作品へ走ったのだとしたら、この「光る風」が
いかなる理由で打ちきられたのであろうとも、それはどちらにせよ功罪半ばするもの
だったのかもしれない。ギャグマンガはマンガ家の命を縮めるというし、結局、ギャグに
転向した山上もマンガ家としての筆を折ってしまった訳だけれど、単純に「光る風」は
とても読み応えのある作品で純粋に面白いのだ。どこが良いのかを具体的に説明して
しまうと確実に興をそぐことになるので、ここらへんで止めておく(笑)。