金の亡者
ここは毛糸が貴重な世界。毛糸製品を捨てることが、政府によって禁じられている。
ぼくは、毛糸で出来ているお気に入りのセーターがとうとう虫食いでダメになったので、
それを捨てるための家族旅行を計画する。表向きは家族旅行。だが、実際はセーターの
不法投棄を目的に、人里はなれた田舎へ出発する。
無事虫食いセーターの不法投棄を完遂したぼくは、どこか後ろめたくも満足感に溢れ、
宿へと帰ろうとする。するとどこからか現れた盲目の老婆と赤いチョッキを来たサルが
ぼくを追っていることに気づく。サルは人語を解し、老婆の杖代わりとなって道の先を行く。
彼らが話していることばが心の中に伝わってくる。彼らはぼくが毛糸を捨てたことばかりでなく、
なんとぼくの名前まで知っている。恐怖に震えながら、一目散に宿へ帰る。
宿に帰ったが、やはりあの老婆とサルのコンビはぼくの後を確実に追ってきた。
ぼくはおびえて何も出来ず、父に彼らへの対応をしてくれるよう頼む。老婆は静かな口調で
しつこく不法投棄を認めろと父に迫るが、父はしらを切りとおす。彼らは「ここで認めないと、
あとで絶対に後悔することになるぞ」と言って去っていく。
旅行どころの騒ぎではなくなり、急いで帰宅すると、しばらくして老婆とサルのコンビが現れる。
老婆は口止め料として20万円を要求。父は結局折れて「これっきりにしてくださいよ、ホントに」
などと言って、金を包む。老婆は畳の上で正座し、身体を前後にふらふら揺らしながらホクホク顔だ。
彼らが我が家を去った後、ぼくは不満に思い母に訊ねると、実はあの盲目の老婆は母にとって
義理の母(育ての親)であり、一緒にいたサルは義理の姉だそうだ。「だから、しかたないのよ。
あなたも物語に浸って生きている(※1)から分かると思うけど、あたしにはあの人たちの気持ちが
よく分かる」と言われる。母は、つまり彼らはあらゆる物の中で金が一番価値があると信じて
生きているということを言いたかったらしい。手段を選ばず金を得ようとする彼らの態度に
ぼくは憤ったが、母は「結局は自分も似たようなものだ」と笑いながら言った。
※1 ある種の価値体系(世界観)に沿って生きているということか。