山田洋次監督 / 男はつらいよ (松竹)



実は今までに「男はつらいよ」をきちんと見たことがなかった。渥美清はまだ若くて、顔が油でテラテラ光っている。倍償千恵子演じるさくらは、「ダメ兄貴に都合のいい妹」で、山田洋次の幻想と理想がめいいっぱい詰まっている。笠置衆と志村喬が出ているのも小津ファンとしてはうれしい。こんな風な下町幻想を撮れるのは山田監督がインテリだからだな、と思った。


しかしこの映画から受ける強い仮想現実な感覚は何だろうか。恐らく、この映画はもう数年前、できれば東京オリンピック前に撮られるべきだった(山田監督の動機はすでにそのあたりの時点に有ったのかもしれない)。この強い虚構性は第一作が撮られた時点で「下町の人情」「家をおん出たやくざな兄貴」「ダメ兄貴思いのできた妹」「零細印刷工場」といった要素がすでにノスタルジーとして追憶されるものになっていたせいではないかと思う。加えて言えばこの映画は、「香具師の股旅」であって、その性質が「懐古」にあることは明らかなのだ。構造からしてこの映画が根本からの強い虚構性を持つことは約束されていたのだろう。