ウツボが訳す日本国憲法前文 (第4回)



小生が訳す日本国憲法前文の第四回である。更新が停滞している企画「ウェブ読書会」の今後の行方を気にしつつ、この訳文を公開していることが少々後ろめたい、というのは、ほんとうのところだ。しかし、せっかく手をつけたものだから、こうやって公開している。


さて、前回は、日本人の平和に対する考え方と、平和の維持と圧制の排除の結果、国際的な評価を得たいという希望について述べてあった。今回は、前文の結部である。ここで述べられている内容を、今の合衆国大統領ジョージ・ウォーカー・ブッシュに言わせたら、いったいどんな響きがするのかを想像してみると、なかなかおそろしく、またおもしろい。蛇足だが、しろうと考えで言っても、日本国憲法前文には、おそらく法的拘束力というものはないのだろう。前文は、憲法全体に対するおおまかな定義と、憲法を公にするにあたっての所感をまとめて述べたものだからだ。法的拘束力がないからといって、その価値を貶めるものではないが、それが事実である/事実であろうことをここで確認しておきたい。


前文の結部を「今、この世界で、ブッシュに言わせたら・・・」という想像からもわかるように、日本国憲法が、敗戦後の貧しい日本で、起草され、そこで宣言されたということを忘れてはならないと思う。この前文の価値の一部が、「敗戦後の日本」という文脈に位置することもまた確かだ。当時、さまざまな現実の混乱や矛盾は、強く深くこの国に満ちていただろう。そういった状況で考え出された「西洋の民主主義のルールに則って、国の基を築き上げよう。そして、やがて世界の国々とも対等の線で話し合い、平和を護ることによって名誉を勝ち得たい」というシンプルかつ高潔な意思が、この前文には確かに感じられる。


戦後60年経ち、現実のさまざまな矛盾、問題を抱えつつも、日本という国は「西洋の民主主義のルールに則って、国の基を築き上げ」る、という点に関しては、かなり目に見える成果を上げてきたと言えるだろう。その後の部分、「世界の国々とも対等の線で話し合い、平和を護ることによって名誉を勝ち得たい」という点にかんしての評価は少し保留したい。現在、憲法改正の議論においても、そのあたりの問題にからめてさまざまなことが言われているようだが、この点にかんして意見するには、実感や勉強が足りないと思うからである。


憲法を改正する改正しないという論議の是非は脇において考えてみても、今回この憲法前文を、英語版を通して改めて読んでみる試みには一定の価値があった、と考えている。皆さんに楽しんでいただけたり、これを機会に憲法に興味を持っていただければ、たいへんうれしく思う次第である。


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We believe that no nation is responsible to itself alone, but that laws of political morality are universal; and that obedience to such laws is incumbent upon all nations who would sustain their own sovereignty and justify their sovereign relationship with other nations.
We, the Japanese people, pledge our national honor to accomplish these high ideals and purposes with all our resources.


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国というものは、自国のことだけを考えていてはいけない。また、政治にかんする約束事は、世界に共通するものである。そしてこの約束事に従うのは世界のあらゆる国々の義務である。各国が独立国として、他の国々と交渉するとき、これに従うのはもちろんである。わたしたちは、日本人としての誇りにかけて、ここまで述べてきた理想と目標を実現するため、全力を尽くすことを誓う。


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最終回のつもりだったが、次回、第五回としてちょっとしたまとめをお目にかけるつもりである。たいしたものではないので、期待せずにお待ちいただきたい。では、ごきげんよう