上尾信也 / 歴史としての音 (柏書房)



楽譜の変遷を通して考える西洋音楽のモダニゼーション、シンボルとしての楽器論、音楽家の異能性と社会的地位の相関性などについて、詳らかに論じられている。目に見えない「音」という現象を、音楽史という記号論に移し替えることへのためらい(音をとらえるイメージはひとによって千差万別であるから)が述べられたまえがき(序章)からして、筆者の研究者としての真摯と誠実が感じられる。とても良い本だ。少し難しいけど、図版も大変充実していて目も楽しい。

思考の揺れ、躊躇することを実直に述べる態度は近代/西洋的な思想の流れ(ここでは「音楽美学」としても良いと思う)に対するアンチテーゼとしても有効だし、最近わたしが惹かれる傾向にある知性(例えば内田樹)にも共通して感じられるように思う。なにはともあれ、「音楽好きだ」と自任される方には、気が向いたら一度手に取って下さい。