小谷野敦 / 帰ってきたもてない男 (ちくま新書)



 吹っ切れた感じというか、筆者が結婚・離婚を経て得たものが文章全体から滲み出ていて、それは相変わらず無骨なのだが、なにか清清しい感覚を与える。前作よりだいぶ「怨念」が薄れ、ユーモアが増したような気がするのだ。とにかく『もてない男』を最初読んだときは、「こんな風に負のエナジーを丸出しにして、一冊ルサンチマンで埋め尽くすなんて...」と驚きを禁じえなかったのを懐かしく思い出した。
 大変失礼な物言いだが、氏は結婚して、そして離婚されて良かったのではないだろうか。しかし、あの呪力を以って『もてない男』は読みつがれていく随筆作品たり得るとも思う。しかしまた、延々と『もてない男』は書けないだろう、とも思う。ずっと『もてない男』では酷に過ぎる。


 巻末に至って、ロマンティストであり、センチメンタリストであることを認めた筆者が「それでも俺は(三次元の)女が好きだ」と宣言するのは、微笑ましい。小谷野の作風=批評と個人史がないまぜになったような感じというのは、唯一無二のような気がして、そして氏の文体が好きだな、否定できないな、という感じを改めて受けた。無骨なまでの誠実さというか、その文体(芸風)から浮かび上がる生真面目さと、自身に対するアイロニーが、わたしにとってはとびきりの退屈しのぎなのである。