村上龍、伊藤穰一 / 「個」を見つめるダイアローグ (ダイヤモンド社)

「個」を見つめるダイアローグ


興味深かったところ↓

伊藤 僕はそもそもインターネットが発展したのは、民主主義があったからこそだと思う。いくらインターネットの技術が進歩しても、民主主義の社会体制がなかったら、できない商売がいくらでもある。ネットの株取引なんて、その典型だよね。民主的なルールがあって初めて、投資家の株取引が成り立つわけでしょう。それが民主主義のおもしろいところでもあると思う。民主主義があったからこそマーケットもできたわけだし、さまざまな経済活動もできるようになった。資本主義経済が始まったころに会社を興して事業運営を始めた人は、民主主義の普及にも貢献したと思うんだ。
 でも、今はどうなっているかというと、だんだん独占化への流れが強まって、民主主義より経済のほうに重きがおかれるようになった。民主主義が、大企業を中心とした経済至上主義に振り回されている。お金で民主主義が動くようになるから、市場を独占しているIT企業や電話会社とか石油会社が政治を牛耳ってしまうようになった。
 インターネットの世界も、最初はすべてがオープンソースで、さまざまな機関も、学生中心で動いているような小さいものばかりだったでしょ。そのうち、大きい会社とも対等に戦える小さいベンチャーが出てきて、市場で台頭し始める。気がついたら、今度は彼ら自身が大きい会社になっていた。IBMに代わって、マイクロソフトが出てきたり、今度はグーグルが席巻している。そういう企業は、古くて大きい会社に比べたら、まだオープンな感覚を持っているけれど、でも株主がいて、お金のために働くようになるから、結局は独占主義になっていく。そうするとインターネットの精神とは逆行しちゃうわけ。


pp35-36

村上 マイノリティが存在しないと、全体も死滅してしまう。そもそも生物学的に考えてもそうだよね。全体では少数派の生き物も生きていて、生命の連鎖が保たれる。弱いマイノリティの生物も生きていけるスペースがどこかにあって、その雑多な遺伝子の中から生命の進化も生まれるわけだよね。閉ざされた世界の遺伝子だけでは、環境の変化に対応できない弱いものになってしまう。それと同じで、集団社会のなかで、違った意見や考え方をする人たちの居場所がなくなってしまうと、結局、全体が非常に不利益をこうむることになると思うんだよ。
伊藤 思想家のボルテールの有名な言葉で、「あなたが言うことには一切同意できないが、あなたがそれを言う権利は死んでも守ってみせる」というのがあるけど、それが民主主義の原点だよね。
村上 そう。だから、どのくらい少数派を尊重するかが、その国の民度にもなる。そういう意味では、プライバシーを守れない国家は、民度が低い国ということになるよね。


pp80-81

伊藤 イラク戦争のとき、フランスやドイツはきちんとアメリカとケンカをしたでしょう。日本はこれからもそういうことはできないのかな?
村上 いや、ある部分ではアメリカへの抵抗もやってはいるんだよ。たとえば、コメの自由化にはずっと抵抗しているし、BSE問題でも、しばらくは抵抗を続けている。そういう農産物の自由化とか安全問題なんかは、アメリカにも言うべきことはそれなりに言ってはいる。でも、その理由というのが、結局はアメリカより自分たちの支持者が怖いからだよ。地方の農家とか支持者から見放されたら政治家でいられなくなる。だから必死で頑張るわけ。人間ってそういうものだよ。ポリシーでやっているわけではなくて、あくまで利害で動いている。
 小泉首相がいち早くイラク戦争を支持したり、それに他の政治家が賛同しても、日本の国民はあまり怒ったりしない。だから平気で支持するわけ。でもコメは絶対に自由化させないでしょ。あれは、自分の地元の農民たちがすごく怒るからだよ。だから本当であれば、国民とかメディアが、そういう自分の利害で動く政治家にプレッシャーをかけていかなきゃならない。
伊藤 民主主義って、たんに多数決で決めることではなくて、ちゃんとチェック機能が働いて初めて民主主義といえるんだよね。一つ一つチェックしていくには、相当労力もかかるし、そういう意味では、民主主義というのは効率が悪いものともいえるけど、今の日本の状況だと、その効率を考える以前の問題かもしれない。


pp117-118