長谷川宏 / 高校生のための哲学入門(ちくま新書)

高校生のための哲学入門 (ちくま新書)


普通の世間にさりげなくあるそうした知と思考は、日常の暮らしに根ざし、さらには、その人の人格に根ざした知と思考だ。そんな知と思考の持主は、世間に流されるのではなく、さりとて世間に反発するというのでもなく、世間に立ち混じりつつ自分なりの生きかたをつらぬいている。わたしのように、どちらかといえば抽象的・観念的な確信を支えとしてものごとに対処する人間から見ると、そういう人たちは、いかにも自然体でものごとに対処しながら、ゆらぎがないように見える。教養や文化に進んで相わたるようには見えない知と思考だが、そこには生活に根ざした堅実さとその人らしい個性とが備わっている。相手がそういう知と思考の持主だと分かると、こちらは落ち着いた気分でことばを交わすことができるし、意見が対立しても感情的にならないですむ。


本文p.209