菊地成孔 / 闘争のエチカ (下巻)



「え、菊地さんの新作、USBで出るのマジで?うっわー狂ってるな、って最初は思った。っていうかロットどのくらいなんだろうっていうか。ロットっていうかあれだよ1回しか作らないよな、1回しか作らないかわからないけど、そういうの小売業界用語でなんていうのか今度妻に訊いてみよう。初期ロットでいいの?調べればいいんだけどね、それにしても、値段も値段だから、きっと3000個とか、4000個とかそんなところじゃないのかな。でもUSBってどうよ。困るよなあ。困るよなあ。だってたぶんあれだよiTunesエンコードしてiPodにダ ウンロードして持ち歩けってことなんだろうけどさ。ってそれは誰も言ってないわけだけど、もうなんか最近iPodの音だめなんだよね、果てしなく。だって音悪いんだもん。うん、音楽キチガイの友人に言ったんだよ。 「おれさ、最近iPodの音が凄くよく聴こえるんだよね、だって毎日聴いてるからさ、それでね、あまりにもiPodの音が耳になじんできて、今度はCDの音がなんだか重たく感じるようになったの、あれ?CDって音悪いんじゃないのかな、って思っちゃってさ」って言ったらそれiPodの音にアジャストしすぎだから聴くのやめたほうがいいよ、って言われたの。だから寝る前にちょこっと布団に寝そべりながら落語を聞くだけにしたのね。そしてCDをオーディオセットで聴く様にしたの。 そうしたらですね、今度はiPodの音がすさまじく悪く聴こえるようになってきたのよ、これ人間の耳っていうか脳っていうか、からだってすんごいもんだなーとこういう実験というか、実験というかまあなんていうかなんでも自分でハマってみるとよく分かるものなんだけど。ねえ、USBをそのまま挿すとその中にある音声ファイルを再生できるようなプレイヤーってあったっけ?いやあってもなくてもいいんだけどさ、わたしは知らないんだよね。あってもなくても驚くような気がする。


 それでさ、とりあえずわたしも読んだよ、闘争のエチカ。あ、ハスミさんとカラタニさんのアレ。うん、いま読んでもとても恐ろしいいい本だと思う。っていうか前に読もうとして挫折したんだけど19歳くらいのとき。背伸びしたくなる年頃だったの。いや、この話も面白いんだけど、『闘争のエチカ』読んだよ、うん、あの、菊地さんが書いたマニア向けの文書ね、これとてつもなく面白いね。面白いし、特典もいいよね。そうそう、あの小沼さんとの対談のやつ。クロード・レヴィ=ストロース読もうと思ったもん。いや、読もうと思ったじゃなくて、読むよ。決意した。いや、こう力はいっちゃうとダメなんだよね。何事も。いや、力入れるところと抜くところでしょ実際問題。あのね、整体の入門書ってあれいっぱい買っちゃだめでしょう?いっぱい買うのはそれ読むことに集中しちゃうからね、実際にやらないわけさ。整体の入門書が読むことがおもしろいってのは、わたしもわかる気がするのよ。そんなに読まないけど。でも、実際にからだを動かしてみるってことは違うわけ。それこそおかんの世間知っていうかさ、ちかくの図書館に行って整体の本を借りてきてどこか1ページでもいいからコピーして、コピーしたらまずいか、まあいいや私的利用ならOKだよね。んで、コピーでもメモでもしてそれを冷蔵庫の全面にスイカのマグネットで貼り付けて、それを実際やってみたら良い訳よ。毎日しんどかったら1週間に1回でも良いじゃん、適当に。適当にやってそれでなんか感じが変わってくると思うのよね。変わらなかったら変わるまでやればいいんだけど、読むのが得意な人ってたいてい読むこと以外のからだを動かすことじたいが億劫なんだよね。わたしがそうなんだけど。他のことができないから、だから読むことは延々できるわけだ。そういう傾向ないかしら。


 読むってのもからだを動かしていることなんだけど、そのう、なんというかな、やりすぎるとからだに悪いわけだ。なんでもそうですけど。だからいま菊地さんが日記で整体の話を書いてるじゃない。あれ、実際にやるといいと思うんだよ。っていうかあれくらいの感じだと実践できるんだと思う。重たくないからね。そうするとからだが分節化されるわけ。そりゃ個別具体的な分節だと思うけど、ある程度共通な分節化が起こるわけだよ。だから実際やってみるといいよ。やりながら考えたほうがいいよ。両方できるに越したこと無いけど、そういう人はここを読んでない気がするの。だからさ、CDでもiPodでもなくてUSBっていうのはそういうことだと思うんだよね。つまり、中庸ってことだよ。極端に生きてきた人しか中庸ってことは言わないんだからさ。いや、『闘争のエチカ』はこれから聴くの。でもね、たぶんあれだよ、1回HDDにコピーしたデータをCD-Rに焼いてオーディオセットで再生することになると思うのね。この行為そのものがとてつもなく面白いよね。そうするとたぶんまた考えるよ、自分こそが聴くメディアなんだろうなーってくりかえし。だからこの作品ってServiceの本質じゃないかしら」