高橋源一郎 / あ・だ・る・と (集英社文庫)



高橋はバクシーシ山下『セックス障害者たち』(幻冬舎アウトロー文庫)の解説を書いていたり、著書『文学王』(角川文庫)の中で、成人用ポルノビデオ批評をしたりして、たしか彼自身の手によるポルノビデオも発売されていたような気がしていたが、観ていないこともあり、また、記憶も不確かでわからない。彼の性にまつわるもろもろに対する強い関心は、最近の作品『性交と恋愛にまつわるいくつかの物語』や、近年の『日本文学盛衰史』、またその続篇として発表された『官能小説家』(一葉と鴎外のセックスシーンが印象深い)にもいかされている。


 性交渉は多くの人が好きなものだが、しかし会話においては、面と向かって語りにくい状況を生み出す傾向がある。それを、さまざまな側面から撮って商品にするアダルトヴィデオの観照や、おそらくその現場取材の経験から、筆者は近代の日本文学が、おおむね崇め奉ってきた人間の「内面」の問題に直面する。反省無しに、初対面で性交して快楽を貪りあう男と女/女と女/男と男。そんな画ばかり見ていると、悔恨や苦渋に満ちた「内面」というフィクションの脆さが見えて来るのではないだろうか。


 人間の「内面」はフィクションではないのか、という問題意識は捉えられたものの、作品としての構成はいささか破綻を来している。結部では、セックスが生というよりもむしろ死を指し示すものである、というような描写がとってつけたようで少し苦しい。しかし、この作品でつかんだ創作動機は前述した著作の中でも特に、『日本文学盛衰史』で花開いているように思える。