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最近の読了本(6月23日〜7月10日)
花村萬月 / 父の文章教室(集英社新書)
言葉の選び方が、きびきびしていて面白かった。小説家志望の名目で生涯遊び歩いた父に施された狂気の英才教育。その課程を振りかえって花村の「物語」についての考えや、両親に対する考えが述べられる。文と文の間から、孤独と寂寥と高慢が感じられる一冊。彼の小説は読んだことがないので、読んでみたい。
鈴木謙介 / カーニバル化する社会(講談社現代新書)
読み応えありました。ちぃと難しかった。データベースを参照して快楽を摂取して行く生き方がもたらすであろう功罪について、留保しつつ(雰囲気としては試論だ)述べていて、東浩紀の『動物化するポストモダン』を思い浮かべていたら、後書きで東のメールマガジンに連載した記事を叩き台に執筆された一冊だと記されていて、思わず首肯。弱冠27歳で現代新書だせるなんて凄い。今後注目したいです。
内田樹、名越康文 / 14歳の子を持つ親たちへ(新潮新書)
親子関係(家族)論を起点として身体論に及ぶ。軽く読めるけれども、その放言の中にキラキラ鋭いことのはありけり。
上尾信也 / 歴史としての音 (柏書房)
楽譜の変遷を通して考える西洋音楽のモダニゼーション、シンボルとしての楽器論、音楽家の異能性と社会的地位の相関性などについて、詳らかに論じられている。目に見えない「音」という現象を、音楽史という記号論に移し替えることへのためらい(音をとらえるイメージはひとによって千差万別であるから)が述べられたまえがき(序章)からして、筆者の研究者としての真摯と誠実が感じられる。とても良い本だ。少し難しいけど、図版も大変充実していて目も楽しい。
思考の揺れ、躊躇することを実直に述べる態度は近代/西洋的な思想の流れ(ここでは「音楽美学」としても良いと思う)に対するアンチテーゼとしても有効だし、最近わたしが惹かれる傾向にある知性(例えば内田樹)にも共通して感じられるように思う。なにはともあれ、「音楽好きだ」と自任される方には、気が向いたら一度手に取って下さい。
東谷護 / 進駐軍クラブから歌謡曲へ (みすず書房)
敗戦後、日本に進駐した米軍属を慰安するために国内各地に設けられた「進駐軍クラブ」(1945〜1952年、占領期)が、日本の洋楽受容における転機となったこと、ビッグバンドスタイルの演奏がその後の歌謡曲に及ぼした影響を、各種資料、バンドマン、元駐留軍従業員、当時の斡旋業者らへの貴重なインタビューから考察する音楽研究書。現在成城大学講師の筆者による、京大大学院博士論文がベースになっているが、文章にこなれぬところが窺えるものの、全体的に平易で読みやすい。
かつて横浜にあった下士官クラブ「ゼブラクラブ」の様子など、実に敗戦当時の風俗史としても面白く、ルイ・アームストロング慰問公演時のスナップなど貴重な写真も充実していて、興奮した。巻末の註を見ると、インタビュー後に亡くなっている関係者もあり、有り難みが増す。
言うまでもなく、戦時中はジャズは敵性音楽として演奏が禁じられていたので、帝国陸海軍軍楽隊員も演奏できなかったのだが、敗戦に伴う日本軍の解散によって、彼らがN響に流れたり、進駐軍のラジオ放送を聴いて一生懸命ジャズを学んで行く姿が、復興に向かう戦後日本のエナジーの一側面であるように捉えられ、音楽を通して描かれる日本復興史の趣も感じられた。日本のポップス史においても、ニッチといえばニッチな領域だが、ホリプロ、ナベプロの創業者たちも「進駐軍クラブ」との関係は深い。占領期の日本のポップスに興味のある方は奮ってお読みください。