江戸川乱歩「パノラマ島奇談」(角川文庫)読了。



この文庫には表題作のほか
「偉大なる夢」「盲獣」の併せて3作品が収録されていてどれも個性豊かだ。
実は「パノラマ…」は読み進むのに一番骨が折れた作品で、その理由もなぜかは
よく分からないのだけど、それまで延々乱歩の探偵物を読みつづけてきたので
戸惑ったのかなと思う。この作品はとりあえず末尾を探偵物っぽくしているけど、
どう考えても、人外境パノラマ島のとりとめない描写に力が注がれているのは
明白で、乱歩が書きたかったのは裸体の男女が踊り狂う(笑)人口の楽園、
プラスチック・パラダイス(苦笑)だったのだな、というのが良くわかる。
乱歩のパラダイス趣味というのは、共産主義思想に繋がるような思想的な
パラダイス志向というよりは極めて現実逃避的な(文学的な?・笑)ものである
こともこの作品からは、たいへんよく伝わってくる。発表は大正15年/昭和元年。


続いて「偉大なる夢」という作品は、書かれた時代背景を、強く感じさせる。
というのも大東亜戦争中の日本が舞台になっており、日本が米国に勝利する
為の秘密兵器の開発(要は軍事機密)をめぐる日米の攻防が描かれているから
ルーズベルト大統領も登場・笑)。冒頭から前半にかけての雰囲気はとても
好みなのだけど、言い訳の様に作品に戦意昂揚・反米の文句が延々と挿入される
中盤から後半にかけてはなんとも言えず退屈。要は軍事読み物に偽装した
探偵物ということができると思う。トリックの部分なんかは「月と手袋」を連想させる
ところがあったりして。結末はなんとも予定調和な感じで戦時下の乱歩の創作に
対する苦悩を感じなくもない。実際、昭和14年には「芋虫」が警視庁の検閲に
ひっかかり(たぶんセックス描写がNGだったのだと思います)、昭和17年には
松竜之介という変名で雑誌連載を行っているほど。「偉大なる夢」はその翌
昭和18年に書かれており、時局を感じさせるという点で、この作品の歴史的な
存在価値は一定以上あるように思う。


文庫の最後を飾る「盲獣」は、乱歩のエログロ趣味が、強烈に爆発した作品で、
サドマゾの要素はもちろん、ネクロフィリア的な要素や、女性の肉体に対する
フェティッシュな視線が‘盲獣’の目を通して存分に語られていく。この作品の
原型は先に発表された「芋虫(原題:悪夢)」に求められるように思える。ある
種の芸術主義的な雰囲気は芥川竜之介を連想させなくもない。ていうか変態性欲
といえば谷崎潤一郎か(笑)。変態文学といえばそれまでなのだけど、乱歩の
文章には残酷描写があっても、そこにかすかな気品を求めることができるように
思われてならない。ファンの贔屓目と言われたらそれまでかもしれないが(苦笑)。
浅草オペラのマドンナに始まり美人寡婦(!)や美人海女が次々と惨殺されて
いくのは発表当時極めて刺激的でなかったかと思われる。昭和6年発表作品。


ちなみに、巻末の澁澤龍彦による「パノラマ島奇談」解題はとても読み応えがある。